【マレーシア通信No.17】

 

【マレーシア通信No.17】

~創立20周年~

ジョホール日本人学校は、本年度20周年を迎えました。11月13日に、合奏「宇宙戦艦ヤマト」合唱「未来へのステップ」を演奏して、盛大にお祝いをしました。

本校ができるまでの約30年間は、子どもたちはシンガポール日本人学校に通っていたそうです。毎朝、5時半から6時には起床し、6時半頃に迎えに来るスクールバスに乗って、通学していました。2か国のイミグレーションを通過して通学するので、始業時刻に間に合わないのは、日常茶飯事で、特に月曜日の朝や金曜日の夕方は3時間以上かかることが当たり前でした。授業を最後まで受けていると次の日に支障をきたすので、早めに下校していたとも聞きました。

通学にパスポートは必需品でイミグレのスタンプですぐに埋まってしまい、そのたびに再交付のためにシンガポールの日本大使館へ行かなければならないという不自由さもあったそうです。今でもイミグレを通るのは大変なのに、これが毎日となると気が遠くなります。小学部低学年の児童にとっては、体力的にも大きな負担がかかっていたことでしょう。また、スチューデントパスも必要で、それも父親のビザを更新するために、取り直しをしなければいけなかったそうです。以前は、ジョホールバルにはインターナショナル校もなかったので、シンガポール日本人学校へ通学するより他に選択肢がなかったようです。

95年当初、「ジョホールバルに日本人学校を作ってほしい。」という要望が高まり、ようやく学校設立の機運が高まってきました。日本人会内に学校設立委員会が設けられ、文部省、外務省等に働きかけ、ようやく設置認可の許可が下りました。

それまで保護者は、子どもがシンガポール日本人学校に通うために、シンガポール日本人会の会員を義務付けられ、またジョホール日本人会の会員であることも義務付けられ、二重の負担をしてきました。また、日本人学校が無いので、単身赴任を余儀なくされた家庭も多かったようです。家族はシンガポールに住み、お父さんは月曜日の朝、国境を越えて出勤、金曜日の夜に国境を越えて帰宅するという二重生活をしていた家庭もあったそうです。

このような中で、日本人学校が開校したということは、大きな障害となっていた駐在員家庭の教育問題の解消ということになり。日本企業の進出を容易にするものとして州政府は期待したようです。その後、欧米諸国のインターナショナル校が設置される試金石となりました。今では、インターナショナル校に通うために母子留学をしている日本からの家庭がとても多いです。

1997年4月15日、ジョホール日本人学校の開校式、入学式が行われ、大きな一歩を歩みだしました。小学部68名、中学部5名、合計73名の子どもたちが一期生として希望に胸膨らませ、学校生活をスタートさせたのです。そのうちシンガポール日本人学校からの編入学生は55名でした。

それから20年がたち、児童生徒数は多少の変化はあるものの、開校当時と同じように子どもたちは元気に学校生活を送っています。今後、この学校が30年、40年と歴史を重ねていくことを全員で願い、記念式典を終えることができました。

ジョホール日本人学校の校章について

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☆全体のデザインは、マレーシア国旗と日本国旗から。
☆アルファベットのJは、JapaneseとJohorのJ。
☆9本の光線は、小学部1年から中学部3年までの9学年。
☆4本のラインは、マレーシアで4番目の日本人学校。
(他にクワラルンプール、ペナン、コタキナバル)
☆赤、青、黄色の意味
青:マレーシアの青い空と海、深い知性、洞察力、判断力
赤:情熱、やる気
黄:元気、明るさ、優しさ

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