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【カメルーン通信No.30】

 

【カメルーン通信No.30】

「最後に」 

2年半の任期を終え日本に帰国する日がとうとう来ました。この2年半を振り返ると様々なことがあり、振り返りたくないことも多々ありますが、、良い思い出もたくさんあります。このカメルーンが私にとっての初のアフリカであったため、アフリカのイメージがとても大きく変わりました。食べ物がなくて、お金もなく、不幸せで、平原に藁の家に住んでいる。そんなイメージでした。しかし実際は、食べ物は豊富にあり、お金はないが毎日楽しそうでした。もちろん家などは綺麗とは言えませんが、それでも楽しそうでした。日本の多くの人たちは、生きるために「働く」ではなく、働くために「生きる」になっているように思います。私たち日本人が学ぶ所はたくさんあるのではないかと感じました。

 私はこれからも機会を頂けるのであればアフリカとかかわった仕事をしていきたいと考えています。このカメルーン通信を通じて少しでもカメルーンの事、アフリカの事を知っていただいたのであればこれ以上の喜びはありません。この2年半様々な方々に支えていただきました。本当にありがとうございました。

カメルーン
カメルーンの国営放送CRTVが取材に来てくれた一枚です。

丸尾カップ
サッカー仲間と。丸尾カップを開きました!

柔道
最後の柔道教室です。いつも参加している子たちが来ないという、、。カメルーンですね。

【カメルーン通信No.29】

 

【カメルーン通信No.29】

~お葬式 

先日、私が一緒に働いているカメルーン人の旦那さんが事故で頭を打ち亡くなりました。そして、その方のお葬式に私も参加させていただきました。私自身、カメルーンでは初の体験でした。式自体にはその村と、近隣の村の人々、権力者、親せきなどが集まっていました。事故などで無くなった場合、それが続かないようにとお祓いのようなこともやっていました。

おはらい
あまり近くで撮れませんでしたがお祓いのようなことをしています。

 

音楽
葬式でも大音量の音楽は必須です。 

 

それから、親族、権力者の方々のお話があり、ご飯を食べて、土葬するという流れでした。

土葬
土葬の直前です。

 

日本と似ている部分もありましたが、もちろん違っている部分もありました。服装はある程度自由でしたし、もちろん火葬ではなく土葬です。ただ、アフリカだろうが日本だろうが人が亡くなるということには深い悲しみが伴い、そこに国境はなく、当たり前ですが私たちは人間で、根っこの部分は同じものを必ず持っているんだと実感しました。

【カメルーン通信No.28】

 

【カメルーン通信No.28】

~ノエル 

12月25日のクリスマスはカメルーンでも特別な日です。先日も私の任地でもクリスマスを祝う祭りが行われました。カメルーン人のほとんどがキリスト教徒ということもあってクリスマスは一大イベントです。クリスマス前の首都と地方を結ぶ道路間では人がごった返し、料金も上がります。そして、お金が入用になり犯罪も増えます、、。私は去年任地で過ごさなかったため、今年は任地で過ごすと決めていました。しかし、24日になり特に音沙汰がなかったため「明日やるのか、、?」と心配になりましたがそこはカメルーン。しっかり行われました。午前中は教会に行き、お祈り。

聖歌隊
聖歌隊もいます

 

おしゃれ
この日のためにしっかりおしゃれ+写真大好きです。

 

昼は家の周りで会食なのですがなかなか始まらない。結局15時ごろからご飯を食べ始めました。

料理
カメルーンのお祭りはこれ!という定番の料理です。

 

いす
本当に何もない外に椅子を並べるだけです。

 

音楽がガンガンなっている中でカメルーン人がダンスを踊り、無理やり輪に入り私も踊らされ、私は苦笑いで歓声を頂きました。そして徐々に自然解散のような雰囲気になり、各々家に帰っていくという感じです。私からすればカメルーンのお祭りはほとんどが同じで、食べて、歌って、踊るというシンプルなものです。クリスマスはそれに加えて教会に行くので少し違うかなと感じます。

【カメルーン通信No.27】

 

【カメルーン通信No.27】

カメルーンでの列車事故~ 

ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、先日カメルーンのエゼカという地域付近で電車事故が発生し約55名が死亡しました。その日は首都ヤウンデと経済都市のドュアラを結ぶ幹線道路が豪雨で陥没し、この間を行き来する手段は電車しかありませんでした。そのため、別方向に行くはずの車両8両を、ドゥアラ行き9両に追加して、定員オーバー状態電車がヤウンデを出発。駅付近になり、恐らくブレーキを掛けたことが原因で横転し、線路わきの土手に転落というものです。さらに、エゼカは小さな村で、病院もなく適切な処置ができなかったことがここまで事故を大きくしてしまった要因の一つでもあります。このエゼカは私の村のすぐ近くであり、私もこの路線の列車を利用するので「もし」と思うとぞっとします。

この件に関してはYAHOOニュースにもなっていたのでご存知の方も多いと思います。ただ、そこのコメント欄で少し腹が立ちました。カメルーンのことを知らないのに好き勝手に言っていることです。たしかに原因は定員オーバーかもしれません。しかし背景を知らず、ただ「途上国の列車の定員オーバー」と言う所のみを切り取って、アジアなどである、列車の上や外まで人が居るような想像をし、コメントをされていました。普段のカメルーンの電車は私も時々利用しますが、一人一席あります。あまり普及していないという事もありますが、日本のような満員電車なんてことはありません。それをイメージだけで、なおかつ匿名性のネットで「だから途上国はだめなんだよ」というコメントには腹が立ちます。むしろ電車の事故であれば日本より格段に少ないはずです。

ただただこんなことは二度と起きず、こんな形でカメルーンを知ってもらうことはないように祈るのみです。

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ヤウンデ駅です。

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隣村オテレ村の駅です。線路の上も歩けます。

 

【カメルーン通信No.26】

 

【カメルーン通信No.26】

カメルーンの雨事情~

カメルーンには基本的には季節はありません。ずーっと夏のような感じです。ただ、日本とは違って真夏のような暑さはなく、また真冬のような寒さもないので年中を通して比較的過ごしやすい気温が続きます。その代わり、ではありませんが雨季と乾季があります。3月~5月が小雨季、6月~8月が小乾季、9月~11月が大雨季、12月~2月が大乾季といった具合です。

実は雨は、カメルーンの生活ととても密接に関わっています。エコアジョンの人たちは何かしらの畑を持っているため、雨はとても重要です。雨季の直前に畑を耕して、雨で作物を育たせ収穫する。日本と違い季節がないため、冬などを考えず、雨季、乾季のみを考えればいいのです。ここまでは「まあまあそうかー」と思っていましたが、もう一つ雨に左右されるものがありました。それはその日の行動です。例えば学校です。エコアジョンでもそうなのですが、他の都市部の学校でも雨が降ると人が来ません。生徒もですが、びっくりしたのは先生もです。自主休業、もしくは大遅刻で行くらしいです。そんなんあかんやろと思いましたが、そんなに不思議なことではなく、この国ではいたって普通らしいのです。

そして私が一番驚いたのは毎週の教会でのお祈りです。カメルーンはキリスト教徒が多く、毎週日曜日には教会にお祈りに行っています。それはエコアジョンでも同じです。ある日友人と話しているときに私が「明日予定有る?あ、教会行かなあかんな」と言うと「たぶん大丈夫だよ、雨降りそうだから。降ったらここにいるよ」「え、、?いやえ?そんなもんなん?大丈夫なん、、?」「うん、大丈夫」。私は無宗教なのでよくはわかりませんが、もっと厳格だと思っていました。雨が降れば、休もうが、遅刻しようが関係ない。なかなか不思議です。

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雨でもちゃんと学校に行っていたえらい子たち。

【カメルーン通信No.25】

 

【カメルーン通信No.25】

~新隊員~

青年海外協力隊の隊員は3ヵ月ごとに新隊員が任国に来ます。つまり3か月経ってしまえばまだまだ新隊員の気分でも必然的に先輩隊員になってしまいます。来る人数は隊次ごとに違い、カメルーンでは1人の時もあれば10人の時もあり、0人というときもあります。そして6月の末に26年度1次隊の8人の大所帯が帰国し、先月の7月に9人という大所帯が到着しました。

第一印象はフレッシュという事でした。というのも26年度1次隊の方が一人延長したので厳密には違いますが、その方を除けば私たちの26年度2次隊が一番の古株になってしまったという事でした。次の10月になれば丸2年カメルーンに居ることを考え、時間が経つのは早いなぁと。本当にそんなに長い時間をカメルーンで過ごしている実感はなく、とても不思議な感じです。

新隊員の方たちは良い意味でまだまだ日本っぽさが残っており「あぁー自分もそうだったなぁ」と思ったり、「これ絶対必要ないでしょ!」っていうものを見るとほっこりします。それと同時に初心を思い出させてくれる有り難い存在でもあります。

今でも常に何が必要なのか、彼らが求めているのは何なのかを考えてはいるつもりです。ですが考えが偏ったり、色々な角度から見れなくなってきている自分もいます。そういう時に新隊員の方々と話すと「こういう考え方あったな」とか「これ今こそやるべきだ!」ということに気付かせてくれます。まだ任期が終わったわけではなく、私にできることはまだ何かあると信じ、初心を忘れずに善処したいと思います。

【カメルーン通信No.24】

 

【カメルーン通信No.24】

~カメルーン食事情 番外編~

番外編で飲み物です!

ビール

カジというカメルーン産のビールです。一部の隊員から熱狂的な支持を受けています。基本的にビールは輸入が多いのでカメルーン産は珍しいとの事。カメルーン人=ビールと言ってもいいぐらいなのでアルコールはどこでも手に入ります。エコアジョンですら入ります。「もっと他に仕入れなあかんのあるんちゃうん!?」と思いましたがアルコールの優先順位は揺るぎないです。

ジュースではコーラやファンタ、スプライトなどがあります。後はジーノ、トップといった輸入の炭酸飲料が主流です。首都ではオレンジジュースや牛乳など大体の飲み物は手に入ります。ただ輸入品で高価なため富裕層のみの飲み物です。

さらに番外編で朝食です。

朝食

私がカメルーンに来て2週間語学のためにホームステイした家で出してもらった朝食です。

贅沢でした。ヨーグルトとパンにチョコを塗って食べていました。飲み物はコーヒーもしくは紅茶。富裕層の家庭だったのでこのような朝食でした。普通だと、ベニエという団子状のドーナツやチリビーンズをパンにはさんで食べていたりします。

いかがだったでしょうか?これらがすべてではありませんが、食べ物は豊富で色々な種類があります。

 

~おまけ~

料理は基本的には辛くないです。
ただカメルーンにはピーマンと言って日本で言う唐辛子ソースみたいなのが至る所にあります。さすがにエコアジョンでもあります。カメルーンのレストランでは100パーセント見かけます。
これをうそでしょ?っていうぐらいなんにでもかけるので必然的に辛くなります。

 

【カメルーン通信No.23】

 

【カメルーン通信No.23】

~カメルーン食事情~

今更感もありますがカメルーン人はどんなものを食べているのか、どんなものがあるのかご紹介します。

カメルーンに行く前はアフリカにはどんな食べ物があるのか想像もできませんでした。あまりいいイメージは持っていなかったのは確かです。しかし、カメルーンはアフリカでも恵まれた土地を持っているため食べ物にはあまり困らないという現状があります。村の農作物は植えてほっておけば勝手に収穫できます。それのせい?であまり働かないですが、、。隣国のナイジェリアや、他のアフリカの国から食べ物も買いに来るぐらいらしいです。

ではまず

プランタン

左上がプランタン。バナナの親戚ですかね。甘くないバナナっぽいバナナです。右上がンドレ。最初見たとき見た目が、、アレだったんですが高級?料理です。祭りなどには必ずと言っていいほど出てくる伝統的な料理です。すごい工程が多いらしく手間がとてもかかっている料理です。詳しくはわかりませんがンドレ用の野菜を煮詰め、魚もしくはお肉を混ぜます。隊員の中では賛否両論がでる料理です。

蒸しごはん

バトンマニョック。どんな田舎でもあります。あ、エコアジョンは、、ありません。棒状のもちっとした練米のような感じです。単品ではあまり食べず魚や鳥の付け合わせです。

お祭り料理

祭りだとこんな感じで出されます。大体がブッフェ形式です。

肉料理

一番手前は別バージョンのマニョック。真ん中は豚肉。奥は鶏肉。このように日本にもありそうな料理もあります。

プルーン

手前の豆っぽいのがプルーン。カメルーンにある、、なんでしょう?木になっていますが中は味付きの蒸かし芋のような感じです。

クスクス

ソースアラシッド&クスクス。これもカメルーンでは代表的な料理です。ピーナッツのソースとトウモロコシから作るこれまた練り物です。マニョックの親戚ですかね。マニョックと味の違いは私はほとんど判りません。

魚料理

ポワソンブレゼ。カメルーン人、隊員がこよなく愛す魚料理です。日本に帰った隊員もこれだけはもう一度食べたいとの事。

まだまだありますが大体このような感じになります。

次はマルシェの様子です。

マルシェ1 マルシェ2

大体どこにもこのようなマルシェがあり野菜などを買うことができます。

次回は、~カメルーン食事情 番外編~ です。

 

【カメルーン通信No.22】

 

【カメルーン通信No.22】

~ペットボトルランプ~

私がやっている活動の一つにペットボトルランプというものがあります。ペットボトルの中に水を入れて、それを天井に取り付けて太陽の光を使って部屋を明るくするというものです。カメルーンに来た当初、昼間でさえ家が暗いのが気になり、考えた結果活動の一つにすることにしました。

しかし、結論から言うとこれ自体はうまくいきませんでした。部屋は確かに暗いけれど昼間は畑に行ったり、暗ければ外に出たりするから必要無いようでした。本当のニーズ、本当に明かりが欲しいのは停電時の夜だと。そこで同期の隊員に電気系統の詳しい隊員が居たので、協力してもらいソーラーパネルを使った夜用のペットボトルランプを開発?しました。

屋根に穴をあけて固定します。

屋根上電気
中からだとこんな感じです。

屋根電気内部

以前アエラムックの神戸学院大学の号で取材して頂いた時の写真です。

電気

かなり四苦八苦しましたが一応形にはなり普及活動することにしました。団体を作り、宣伝をし、設置をする。今でも急に部品が手に入らない等の問題は起きますが、一緒に働いているカメルーン人の方一人でも作成から設置まではできるようになりました。

現在はエコアジョンからかなり離れているベン村という所を中心に活動しています。というのもこの村には電気がありません。夜は灯油ランプを毎日使っており、明るいうちに食事などは全て済まし、基本早く寝るそうです。それが毎日です。そう考えると停電が頻発するとはいっても電気があるエコアジョンはまだ恵まれています。

この活動でペットボトルランプをどれだけ設置できるかはわかりませんができるだけ多くの家庭に設置していきたいです。

【カメルーン通信No.21】

 

【カメルーン通信No.21】

~フェット・デュ・ファム~

3月8日にカメルーンの祝日「フェット・デュ・ファム」がありました。日本語で言うと「女性の日」という祝日です。元々は女性の権利を守り、女性も活躍できるための社会を目指すと言った祝日です。しかし、基本的にカメルーンでは祝日=お祭りという事で文字通りお祭り騒ぎをします。やることはほとんど変わらないのですが、行進、延々とビールを飲む、延々と食べる、大音量のいつも変わらない音楽、そして踊る、です。

女性の日 エコアジョン
エコアジョンの風景

私はエコアジョンと活動している他村のンゴンゲを見に行きました。今回エコアジョンで女性の日を祝うのは初めてらしく、大々的にやっていました。(それでも規模は小さいですが)TVカメラやパフォーマンスをする人を呼んだり。国歌斉唱から始まり、女性代表の宣言、村長のスピーチなどを行い、最後に女性が行進をして終了です。その間、男性陣は延々とビールを飲み騒いでいます。

女性の日 行進
行進の様子です。

その後、ンゴンゲに移動すると嬉しいことがありました。元々この機会を利用して一緒に活動しているカメルーン人と活動を紹介させてもらえることになっていました。すると写真の横断幕を用意してくれていました。

JICA視察時写真
祝日の次の日にJICAの方が視察に来た際撮っていただきました。

こちらでもほぼやっている内容は同じでしたが、私たちの活動を合間にちょこっと紹介してくれて有り難かったです。食事などして、ひと段落したら私は帰りましたが、深夜までどんちゃん騒ぎは続きました。多少の違いはありますがお祭りはこのような感じになります。

スライドショー